【幸せについて】「幸せ」を感じている人は成長できないってホント?

幸せについて

「幸せを感じていると成長できない」ってホント?

はい、どうもどうもどうもどうもどう。
ms-gkです。もうね、久々すぎて片腹痛いわ←このメディア自体がメジャーじゃないから、あんまり気にする人もいないとおもうけど、回してる本人はとても由々しき事態(笑)
あのー、あれです。サボってたわけじゃないです。嘘です、半分サボってました←
さてさて、今日は幸せと天秤にかけられがちな「自己成長」の話をしたいと思います。

一般的なハナシ。

一般的な話だと、「幸せ」や「満足」を感じている人たちは、成長しにくい、と言われています。(日本じゃないどっかの大学の研究だったんだけど参考文献出てこなかったので後で貼ります(笑) 
まぁつまり、その自分の居場所に満足してしまったら、特に努力しなくてもそのまま「現状維持でいんじゃね」って思ってしまう人が大半だと思われるので、そう言うのが統計結果に出てると思います。ただ、果たしてそれは本当なのか!・・・と考えて見たところで、その結果は即得られるものじゃない、そしておそらく、その結果は「幸せ」の定義がバラバラな事によってさらにちぐはぐな事になっていると思います。

「幸せ」のさじ加減の難しさ

さてさて、その「幸せ」を感じている状態でその現状に甘んじてしまうことは・・・「あると思います」©️天津木村
だって現状充たされているなら、成長の必要も、それ以上の発展の必要もないもの(笑)ただ本当の問題は、その「充たされている状態」をどこに設定するか、だと考えています。もちろんその充たされている状態のハードルが高ければ高いほどいわゆる「自己成長」には繋がりそうですが、一方幸せには遠そうです。逆に、そのハードルが低ければ「幸せ」を多く感じられそうですが、自己成長に繋がるかと問われれば、首を少しかしげる事になるかもしれません。このメディアでは何度かお伝えしていますが、基本的にこの世界は「認知の世界」です。それはすなわち、自分の幸せは自分で決められる、ということです。つまり、その感度調節をするのも自分自身。例えばms-gkは日課として、「寝る前に3つ、よかったことを思い出すワーク」これをしてるわけですが、その、「良かったこと」の感度は、どこまでも上げられるし、どこまででも下げられます。「ティファニーで贅沢な朝食を食べるのが幸せ」でも、「空気吸える!幸せ!!」でもいいわけです(笑)

「幸せ」と「万物ありがたいモード」と「自己成長」について

「幸せ」を感じられる機会が多いのは素敵なので、感度は上げておきたいけれど、毎日「空気吸える!幸せ!!」と思っていると、何をしてても幸せを感じるので、それ以上に求めることをしなくなり、「今おかれているこの状況はなんて幸せなんだろう」となってしまう恐れがあるわけです。そうなると、自己成長はちょっと遠のいてしまいそうですよね。
事実、ms-gk自身もずっとそれを考えてきました。
「幸せ」を感じる機会は増やしたいけれど、人としての成長は続けていきたい人には、自分の幸せな状態・充たされている状態の条件に「自己成長を続けること」を加えると、全てが解決します(笑)好きなことをしていて充実して、不安がない。そして、その「充実している」状態の中に「自己成長」が含まれている。そうすると、どんなことにも幸せな感情を感じつつ、継続的に幸せな状態にいられる。是非是非、その両立をしてみてください!(言うほど簡単じゃない←)

【おまけ】「幸せ」と「悟り」

「現状与えられているものに満足する」それはもはや「悟り」の一種ではないか、考えています。一面から考えるなら、それはとても幸せなことかもしれません。自分の与えられた環境や状況に常に感謝し、悪いことが起こっても人のせいにせず受け止め、感情を揺らさないようにする。側から見ればとても平穏で、幸せに見えると思います。ただ、それは本当に私たちが思う「幸せ」なのかと言うと、ちょいとギモン。これまたちょっと小難しい話になりますが、人間は感情の起伏がなければ幸せを感じられないと言われています。ってことは、悟りを開いたら幸せを感じることもなくなるんじゃ・・・と思いましたが、多分もっと高次で世界平和とかを感じた時に幸福を感じるんでしょうかね・・・それとも凪な状態が常に「幸福」になるのか。そこらへんはまた興味があるので、詳しく勉強して腹落ちしたらout putしたいと思います(笑)

ではでは、気が向いたらまた別のページで。
ms-gkでした。ciao!